文章とは心である。心鍛えずして、名文生まれ難し。

辰濃和男「文章の書き方」書評

この記事の読了時間は約5分です。

朝日新聞の天声人語元筆者が書いた「文章の書き方」を読了しました。

名文を引用しながら、文章力について熱く語っている本です。

いいなと思った文章を紹介します。

見出しは自分の言葉で、「」は引用。

日常を大切にするべき理由がわかったような気がしました。

辰濃 和男(1994) 「文章の書き方」

文章とは自身を表す鏡

「とくに考えてみたいのは『文は心である』ということです。正確にものごとを見る訓練をおろそかにしている人が、はたして正確な文章を書くことができるでしょうか。大自然と遊ぶたのしさを知らない人が、人の心をとらえる自然の描写をすることができるでしょうか。品性のいやらしさが顔に現れている人が、品格のある文章を書くことができるでしょうか。いらいらせかせかの気分のまま机に向かって、読む人の心にしみる落ち着いた文章を書くことができるでしょうか。ひとりよがりなことばかりをいっている人が、目配りのきいた、均衡のとれた文章を書くことができるでしょうか。表面はごまかせるかもわかりません。しかし心のゆがみは、その人の文章のどこかに現れます。(p.Ⅱ)」

文章とは心

「いかに書くかということは、つまるところいかに生きるか、いかに生きているかということと無縁ではありません。いや、いくら筆先でごまかそうとしても、その人の生き方、生きている姿、心のありようが決定的に表れるのが文章というもののおもしろさであり、怖さです。(p.116~117)」

「文章の品格というものは、技術を超えたところにあります。文章技術はむろん大切です。が、それだけでは『品格』という巨大なものを肩にかつぐわけにはいかない。人間全体の力が充実しないと、肩にかつぐことはできなもののようです。(p.176)」

「何を選び、何を削るか、で格闘を続ける。そこに、文章を書くときのたのしさも、おぞましさも、高揚も、つらさもあります。何かを選び、何かを削る。そこには結局、あなた自身のものの見方、生き方、世の中についての見方が現れます。文は心なのです。(p.222)」

ものごとを見る力は鍛錬によって強くなる

「現場でものを見る力、ものごとの急所を見抜く力は、鍛錬によってさらに強くなります。ものを見る鍛錬は野球の素振りのようなものです。これをしたからといってすぐに文章がよくなるわけでもありませんが、やらなければ、力が衰えることはたしかです。(p.26)」

日常が「現場」である

「人に会うのも現場のひとつと考えましょう。芝居を見るのも、映画を見るのも、水泳教室へ行くのも、道端での立ち話も、みな現場と考えましょう。事件、事故の現場だけが現場ではありません。路上にこそ人生があるといったのはアメリカの作家ですが、路上こそは現場なのです。(p.28)」

「現場を踏めば、異質のものに出あえます。異質のものに出あい、驚く。その驚きが深ければ深いほど、文章は力をもちます。(p.29)」

好奇心、意欲が文章に命を吹き込む

「この世の中を、さまざまな思いで生きている人びとへの、強い好奇心があるかどうか、人に学びたいという強い意欲があるかどうか。そういう好奇心や意欲を失ったとき、文章も命を失います。見たい、聞きたい、知りたい、学びたい、体験したいというみずみずしい意欲を持ち続けることができるかどうか、問題はそこにあります。(p.57)」

情熱を持ち、相手の状況を慮ることがわかりやすい文章の基本

「わかりやすい文章の基本は『なんとしても相手に伝えたい情熱』と『相手の側に立つ心の営み』だと私は思います。(中略)文章を書くときだけ、いきなり相手の側に立つことを考えても、しょせん、付け焼き刃でしょう。ふだんからの心の営みがあってはじめて、相手の側に立った文章を書くことができるのではないでしょうか。(p.103)」

十把一絡げの誘惑に勝ち、違いを見極め、細部を大切にする。

「細部へのこだわりを大切にしたい。細部だけを書きつらねればいいというものではありませんが、細部をいい加減にした文章はうそを書きやすい。(中略)個々の違いを見分ける力を持てば、十把一絡げの落とし穴に落ちる危険性が少なくなります。ものの見方に落ち着きがでてくる。肝要なのはこの点です。(p.151)」

僕の感想

相手の立場を考えることは大事

ブロガーは訪問してくれる読者目線になることが大事とよく言われます。記事の選定、必要な情報をまとめる際に、その視点があるかどうかは大きな違いとなり、ファンになってくれるかどうか、検索エンジンで上位表示してくれるかどうかなどにも影響してきます。

わかりやすい文章を書くにも、この「相手の立場になる」ということが大切で、そこが共通しているように思いました。

文章はごまかしがきかない

文章には人生、生き方、ものの見方が現れるという考え方は、当たり前なんだけど、言われるまでは意識できていなかった。

文章を良くするには、まず自身を鍛えよ。様々な体験と日々の鍛錬で成長できるということが言及されていて、

人生とは体験である

元ニートが考えた人生論、「人生とは体験である」

体験を大切にすべきなんじゃなかろうかという僕の拙い人生論にも通ずるものがあった。

その上で、情熱とか好奇心のような自分の内なるパワーがあれば、自ずと文章はわかりやすいものになるはずだと論理が構成されているように感じました。

辰濃 和男(1994) 「文章の書き方」の購入


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泣いて喜びます。

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